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最高裁判所第三小法廷 昭和34年(オ)355号 判決

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高岡寧の上告理由第一点について。

原判決の事実認定によれば、原判示の日に、被上告人(控訴人)は火災海上保険業を営む上告会社(被控訴人)との間に、保険目的、保険期間、保険料を判示のとおりとし火災保険普通保険約款に基いて火災保険契約を締結したが、右火災保険普通保険約款(甲三号証の三)二条二項には「保険期間ガ始マリタル後ト雖モ保険料領収前ニ生ジタル損害ハ当社之ヲ填補スル責ニ任ゼズ」と規定されていた、しかるに、被上告人は右契約締結の日から三ケ月間支払の猶予を受けていた保険料につき、判示の日上告会社から支払の催告及び条件付契約解除の意思表示を受けたに拘わらずその支払をしなかつた、というのであるから、上告会社が保険期間の始期たる昭和二九年一二月二九日午後四時より右契約解除の効果を生じた昭和三〇年七月二五日までの期間火災による危険担保の責任を負担したものであるとの所論は原判決認定の右火災保険普通保険約款二条二項の定めのある事実を無視若しくは誤解した原判示に副わない主張であつて採用することができない。論旨(中段)のうち、(一)の上告会社が本件保険金額の一部を再保険に付した事実、その他(二)、(三)、(四)の事実のみによつて本件契約上の危険負担責任ないし契約解除の効力を判断することは原判示事実に副わず当をえない。また、論旨は損害保険契約の解除は解約告知であるかのように主張するが、商法六四五条一項は告知義務違反、同六五一条は保険者の破産、同六五七条は当事者の責に帰すべからざる事由による危険の増加、変更という、それぞれ特種の事由に基づく解除の規定であつて、およそ損害保険契約においては、右の場合とは別に、本来保険者は保険契約者の保険料不払により民法五四一条に従い契約を解除することは許されるものと解するのが相当である。論旨は保険金は保険料を蓄積した積立準備金から支払われるものであるのに本件契約解除の効力が遡及すると判断した原判決の判断は保険金支払準備金たるべき保険料の支払の重要性、ひいては保険制度そのものを否定するものであるというが、上告会社は右約款二条二項により被上告人から保険料を領収しない間は損害填補責任を負わないのであり、また、契約を解除することなくして本件保険料を請求する権利を有していたのに、あえて自から保険料支払の催告及び条件付解除の意思表示を一回した上解除によつて失効した本件保険契約上の保険料支払債務の履行を求めているという本件事実関係の下では右解除を解約告知と解することはできない。論旨引用の大審院判決(大正一四年(オ)第七二九号同一五年六月一二日第三民事部判決)は本件に適切でない。原審認定事実によれば、被上告人の保険料不払が単なる債務不履行のほかに信義誠実に反するものとみるべき特別事情はない。また、本件解除は、特権の事由もないから、これに商法六四五条一項、六五一条一項、六五七条一項の規定を類推適用することは相当でない。論旨はすべて採用できない。

同第二点について。

火災保険契約は所論のとおり諾成契約であるけれども、その契約の内容としてこれに原判決認定の如き約款二条二項の如き特別の定めに従うことを約することは当事者の自由である。そしてこの約款は保険者は保険料の支払を受けないままでは保険期間の開始と同時に保険責任を負うようなことはなく、保険者の保険責任は保険料の支払を受けるまで開始しないという趣旨を定めたものと解すべきであるから、論旨引用の原判決の判示は相当である。その余の論旨はこれと異る見解を前提とするもので採用するをえない。

上告代理人毛受信雄、同高岡寧の上告理由第三点について。

本件保険契約に火災保険普通保険約款九条二項として原判決認定の如き定めがあることは所論のとおりである。けれども、本件約款に所論の七条の定があり、この場合に同約款九条二項が準用されるべきであることについては原審で主張判断がなかつたのであるから所論は原判決の認定事実にそわず採るをえない。

論旨は、商法六四五条、六五一条、六五七条が解除は将来に向つてのみその効力を生ずる旨規定するのは、保険契約上保険者の負担する義務は保険の全期間中継続することによるのであり、右約款九条二項もかような保険契約の性質による一般原理の表明であるとし、民法五四一条による保険契約の場合にもその解除の効力については右約款九条二項の適用あるものと解しなければならない旨主張するけれども、若し商法が保険契約に関する限り民法五四一条による場合その他契約解除のあらゆる場合に解除の効力は将来に向つてのみ生ずべきものとするなら右特権の場合についてのみ右各条の規定を設ける筈はないと考えられる。原判示は相当であり、論旨は理由がない。

同第四点について。

所論は論旨冒頭に引用する原判示部分の理由不備をいうけれども、所論商法各条の規定はそれぞれ限られた各条所定の特殊の事由ある場合に解除に至るまでの従前の契約関係を消滅させないことを相当とするため特に設けられたものであることは容易に理解しうべきところであるから、本件の判断としてはこれと同趣旨に出でた原判決の右判示をもつて十分であり、また、所論約款九条二項の規定は同条一項を受け一項所定の場合における解除の効力を定めたものと解すべきであつて、この点に関する原判示は相当且つ十分であり、理由不備ありというをえない。

論旨は保険契約は継続的契約であつて保険者は契約期間中常時保険責任を負担し危険負担義務を履行しつつあるものであるという前提に立つて、他の一般継続契約と同様に、保険契約解除の場合にも解除のときまでの既経過期間中に既に履行を終つた契約関係まで原状回復せしめることは不可能又は不適当であるため商法六四五条、六五一条、六五七条の各場合には法は契約解除に遡及効を認めないのであるというが、保険者が保険期間中常時保険責任を負担し危険負担義務を履行しつつあるということは原判決認定の約款二条二項の如き特約のない保険契約の場合にいえることであるから、所論も原判決の事実認定に副わず、採用できない。論旨は、商法六四五条、六五一条、六五七条の場合と同様保険料不払を原因とする保険契約解除の場合にも解除の効力は将来に向つてのみ生ずるとするのが保険に関する法の一般原則であるものの如くいうけれども、論旨の採るをえないことは前点説示のとおりである。

論旨末段(原判決は約款第二条二項に云々以下)の採るをえないことは上叙の説示によつて明らかである。論旨はすべて採用できない。

同第五点について。

所論は甲四号証により業界の慣行をいうが、所論の慣行が法の規定に反しない慣習法であること又は本件当事者がこれによる意思をもつて本件保険契約を締結したものであることについては、原審で主張がなかつたので、原審は単なる業界の慣行(しかも保険会社が契約を解除して既経過保険料を短期料率で計算して保険契約者から徴収しているというだけの慣行)は、原判決認定にかかる事実関係に基づく本件解除の法的判断につき判決に影響を及ぼさないものとして採用しなかつた趣旨であることを窺うに十分であるから論旨は採用することができない。

同第六点について。

論旨は、上告会社が被上告人に対し契約時より三ケ月間保険料の支払を猶予したことは、原判示約款二条二項の抗弁権を放棄して右三ケ月間に発生すべき事故に対しては損害填補の責に任ずることを約した趣旨であつた、しかるに原審が上告会社にこの責任が開始しないと判示したのは理由齟齬である、というけれども、右支払猶予が右抗弁権の放棄、損害填補の責に任ずべきことの意思表示であること、なお、猶予期間内に保険事故が発生したときは保険者が保険金を支払うことを認める約款の条項があることは原審で主張判断を経ていないところであるから所論は採用するに足らない。

(上告代理人岩田宙造、同伊達利知の上告理由書は提出期限経過後の提出にかかるものであるから判断を加えない。)

よつて、民訴四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一 裁判官 五鬼上堅磐)

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